いろはにほへと「偏愛」
鈴木 心×湯山玲子
からだが求める「気持ちよさ」を大切に、そして美しくあるために。女性の視点でつくられたセルフプレジャー・アイテム『iroha(イロハ)』をモチーフに写真家と文筆家がそれぞれの感性で描写します。
「偏愛」
女性のマスターべーションはつい最近までタブーだったのに、急ピッチでその雪解けを見ている。「そんなことをする女は、男がいなくて欲求不満の女」という男達のストーリーは、もはやその言いがかりがバレバレになっているし、自分自身のために、それをイタして、何が悪い?という健康的な合意が女達の間でなされているのだ。
イク、という絶頂感覚にしても、マスターベーションでそれを味わっている女性は圧倒的に多い。しかしながら、この感覚、性欲の発散だけではなく、これを頼りにすると、自分を取り巻く世界が「絶頂感覚」にて再構築されるという体験を得ることができるのだ。
まあ、アートと呼ばれる分野ははっきり言ってその宝庫。特に音楽はその感覚がないと、官能性や情感といった人の心を揺さぶる魅力を表現することができない。
ちなみに、知り合いのピアニストのMちゃんは、ブラームスの「交響曲第1番ハ短調第1楽章」の冒頭、ティンパニとコントラファゴットらの低音に、弦楽器がグイグイ上り詰めていく部分を、コンサート会場で聴いたときにイッてしまった、ということを私に話してくれた。まさか、ブラームスも、21年を費やした大傑作に、21世紀の極東の女子が昇天しているとは、思いもよらなかったに違いないが、これは実に正しく、この音楽の魅力を言い当てている。「暗から明へ」。この曲を称する言葉は、そのまま、エクスタシーへの道だからだ。
音楽だけでなく、美食の世界にも、このエクスタシー感は偏在している。B級グルメやラーメンは単に美味しいだけだが、美食最前線はすでに、舌の絶頂感覚にどう到達させるかの勝負の世界になっている。
人生を堪能しつくしたい、という女性は、一刻も早く、irohaで快楽修行するのがよろしいかと思われます。