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「あなたの心はどこまでも自由」。FEEL YOUNGの漫画が描く、女性の多様な生き方

 

『ハッピー・マニア』『ヘルタースケルター』『サプリ』『違国日記』など、数々のヒット作を生みだし、時代を生きる女性たちの姿を描いてきた女性向け漫画雑誌『FEEL YOUNG』。今回は、そんな同誌の編集者・梶川恵さんと神成明音さんのお二人に、「漫画をとおして見る女性の生き方」をテーマにお話をうかがいます。

 

漫画作品に編集者として携わることで、悩み、葛藤、生きづらさを考え続けてきたお二人。その言葉と歴代の作品から見えてきたのは、女性たちがもっと自由に、軽やかに生きるために切り拓いてきた道のりでした。

 

『FEEL YOUNG』 編集部・梶川恵
アルバイトを経て2007年シュークリーム入社。2010年にボーイズラブ誌『on BLUE』を立ち上げる。担当する漫画家は、阿弥陀しずく、岩岡ヒサエ、えすとえむ、おかざき真里、かわかみじゅんこ、雁須磨子、河内遙、西村しのぶ、町麻衣、松田環、ヤマシタトモコなど。

 

『FEEL YOUNG』 編集部・神成明音
情報誌の編集プロダクションを経て、2012年シュークリーム入社。『FEEL YOUNG』『on BLUE』を主に担当。担当する漫画家は、池辺葵、鴨居まさね、志村貴子、須藤佑実、ためこう、ねむようこ、町田粥、和山やまなど。

 

タブーも怒りも柔らかく伝える。『FEEL YOUNG』の編集とは

――梶川さんは2018年にテレビドラマ化された『中学聖日記』(かわかみじゅんこ原作)を担当されているそうですね。25歳の中学校教師とその男子生徒の恋という設定がとても衝撃的です。

 

梶川:最初は驚きますよね。じつはもともと読切りの作品で、主人公の女性教師に生徒の男の子がドキドキする一方で、自分のなかで消化できない恋心にイライラもするというだけの話でした。連載になり、先の話が描かれていくなかで、大人になり切れないまま教師になり、そこで初めての恋をしてしまった未熟な主人公の人物像が浮かび上がります。

 

これは誰にでも起こるわけではない、特殊な恋愛ですよね。現実ではあってはならないことですが、漫画はフィクションなので必ずしも正しくある必要はないという象徴的な状況。そのなかでキャラクターが答えを出しながら道を切り拓いていく姿を、物語で描いてほしいという思いで編集しています。

 

『中学聖日記』©かわかみじゅんこ/祥伝社フィールコミックス

 

――神成さんは、ねむようこさんの『君に会えたら何て言おう』を担当されたそうですね。

 

神成:はい。女性の「子どもを産むかどうか」という迷いから、妊娠の日々と出産までを描いた『君に会えたら何て言おう』は、ねむさんと私が同時に妊娠したことをきっかけに描いていただくことになりました。

 

――妊娠期間はデリケートな話題も多いですが、ねむさんとのあいだに、「これは描こう」「これはやめよう」みたいな話し合いはあったのでしょうか?

 

神成:妊婦によって違うつわりの辛さや、たった1年未満のなかにある、些細だけど多様な苦しみをきちんと描くことはひとつの目標でした。妊娠って自分自身や近くにいる人がならないと、なかなか身近に思えませんよね。だから、すぐそこにいる妊婦の気持ちを少しでも知ってほしい、大事にしてほしいという思いを伝えられたらいいなと思っていました。

 

反対に、これは排除したいと思ったのは、女性同士・妊婦同士の対立です。作中で、つわりが重かった妊婦が、まったくつわりのなかった主人公に対して「そういう人とは話ができない」と言うシーンがあります。そこから互いへの憎しみを煽るような展開には絶対にしたくなかった。人に見えるか見えないかの差はあっても、それぞれ共有できない苦しみを抱えているのだから。妊婦に限りませんが、その辛さを比べ合うのではなくて想像し合って、すべての女性が生きやすくなればと願っています。

 

『君に会えたら何て言おう』©︎ねむようこ/祥伝社フィールコミックス

 

神成:そして、女性はもちろん、男性にも読んでいただければと思っている作品でもあります。

 

――作中では夫とのやりとりがクローズアップされていますね。

 

神成:つわりで気持ち悪いときに、夫に麻婆豆腐をつくられるとか、「胎児の成長がわかるアプリを入れてよ」って言ったときに鼻で笑うような態度を示されるとか、そういった夫婦のピリッとした対立を柔らかく描いているのですが、男性からは「はっとさせられる」「どきっとした」といった感想が寄せられました。細やかに表現した漫画をとおしてメッセージを伝えていくのも大事だと思っています。

 

「童貞の男性も揶揄される覚えはないはず」思考を変えるきっかけは、いつも漫画家さんからの言葉

――2013年8月号から、キャッチコピーだった「恋も仕事も!」が表紙から取り外されましたね。

 

梶川:2007年から6年間そのキャッチコピーを使用していましたが、とある漫画家さんから「恋も仕事も、じゃないと描いてはだめなんですか?」という声をいただいたのがきっかけでした。弊誌は漫画家さんの自由を尊重しているので、「こんな一行に縛られて、描くものに悩まされてしまうのだったらやめよう」ということで取り外したのです。

 

――それが結果として物語の裾野が広がることに繋がったのですね。描かれる内容が多様になったなかでも、創刊時から変わらないポリシーはありますか?

 

神成:『FEEL YOUNG』では、30年前の創刊当初から女性のあらゆる要望や欲求、願望を当たり前にあるものとして、漫画家さんの描きたいものを受け入れてきました。だからこそ、女性の多様な悩みが描かれてきたのだと思います。

 

実際に仕事をしていると、漫画家さんの鋭敏さに気づかされることも多いです。彼らは時代からこぼれ落ちるようなことにもすごく敏感で、それが物語に広がりを持たせてくれる。編集者として彼らの感覚についていけるよう、思考をアップデートしていくことが必要だとつねに思っています。

 

『FEEL YOUNG』創刊号の表紙

 

――編集に携わるなかで、思考がアップデートされた瞬間はありましたか?

 

神成:それは都度ありますよね。

 

梶川:これは『FEEL YOUNG』ではなくBL誌『on BLUE』の作品の話なのですが、コミックスの帯に「童貞」という言葉を打つか打たないか議論になったとき、漫画家さんから絶対的「NO」が出て。女性である私たちが何か言われる覚えがないとおり、童貞の男性も言われる覚えはない。揶揄してはいけない、ということです。漫画家さんのほうが圧倒的に先をいっているし、自分も思考をアップデートしなければとそのとき強く感じました。

 

作品は時代の鏡。変化していく女性の描かれ方と、移り変わる社会

――キャッチコピー同様、女性の描かれ方も時代によって変化していますが、ターニングポイントだったと感じる掲載作品はありますか?

 

神成:たくさんあって選ぶのが難しいのですが、1995年から連載がはじまった安野モヨコさんの『ハッピー・マニア』、2003年から2010年まで連載されていたおかざき真里さんの『サプリ』、2017年から連載がはじまったヤマシタトモコさんの『違国日記』の3本は、特にエポックメイキングな作品だと感じます。

 

――なるほど。ひとつずつうかがっていきたいのですが、まず『ハッピー・マニア』は女性が積極的に男性にアプローチする姿が印象的な作品です。

 

神成:安野さんは、「男から選ばれるのを待っているだけではない女もいる」というメッセージをすごく明確にお持ちで、それをいろいろな人に届くように描いてくださった。ただ、「主人公・シゲカヨのように生きるのがいい」ということではなくて、「ここまでしたらダメだよね、って反面教師に笑ってくれる感じでいい」という安野さんの軽やかな視点が含まれていると思います。

 

『ハッピー・マニア』©︎安野モヨコ/祥伝社フィールコミックス

 

――2000年代の作品『サプリ』は先出のキャッチコピーのとおり「恋も仕事も!」という作品でしたね。

 

梶川:『サプリ』は「恋愛」×「働く」のすべてが詰まっている作品だと感じます。おかざき真里さんが働いていた広告業界を舞台にしているのですが、働くことは成長と摩耗の繰り返しで、その戦場で溺れそうになったとき、恋愛は自身を救ってくれることもあれば、さいなんでくることもある。キャラクターたちはじつにしなやかで、その柔軟なタフさは共感と励ましをくれました。

 


『サプリ』©︎おかざき真里/祥伝社フィールコミックス

 

――現在、おかざき真里さんは、男女三人のルームシェア生活を描いた『かしましめし』を連載中です。『サプリ』と比較して変化は感じますか?

 

梶川:おかざきさんは昔もいまも「社会で働く女性」を一貫してモチーフにして描いている方。その軸はぶれないままに、『かしましめし』では、再会した同窓生がともに暮らし食卓を囲むことを通じて生まれた、恋愛ではない結びつきを描いています。彼らは恋愛関係ではなく、心地の良い「食べなかま」なんです。辛いときは逃げていいし、自分を優しく包んでくれる友だちを頼って、おいしい食べ物を食べる。ブラックな環境はサバイブするものじゃない、自分を生かそう、といういまの生き方が切り取られていると感じます。

 

『かしましめし』©︎おかざき真里/祥伝社フィールコミックス

 

――同じく現在連載中の『違国日記』は、恋や仕事の枠組みのなかでは語れない物語です。

 

梶川:「女性二人の話を描こうと思うんですよね」という、作者であるヤマシタさんの言葉からはじまりました。主人公で小説家の槙生(まきお)と、突然の事故で両親を亡くし彼女に引き取られた姪・朝(あさ)の共同生活を軸に描かれているのですが、言葉にならない連帯感みたいなものを感じる物語だと思います。また「必ずしもこういうふうでいなきゃいけない」という楔から人々を解き放とうとしている物語でもあります。

 

『違国日記』©ヤマシタトモコ/祥伝社フィールコミックス

 

梶川:振り返ってみると、1990年代は「性の解放」、2000年代は「主体性を持って働く女性」、そして現代は「個の自立と連帯」といったかたちで、フォーカスされるポイントが変わってきています。

 

『違国日記』から生まれた「あなたの心はどこまでも自由」という言葉

――現在『FEEL YOUNG』では「あなたの心はどこまでも自由。」というキャッチコピーが使われていますが、この言葉はどういった経緯で生まれたのでしょうか?

 

梶川:コミックスをつくるとき、帯の折り返し部分にキャッチコピーを入れるのですが、ひとつ前は「オンナ漫画のすべてがここに。」でした。でも、担当している『違国日記』の4巻を出すとき、話の展開とキャッチコピーがあまりにも合わないと思ったんですよね。

 

――『違国日記』は「どう生きたってあなたのままでいいんだよ」ということを描いている漫画ですもんね。

 

梶川:はい。変えようと思い立ちました。でも、深く考えたというより、物語で感じた言葉がスッと出てきて、そしたら神成が「すごくいい!」と言ってくれたのがはじまりです。やっぱり物語から出てきた言葉は強くて、人の心をぐっとつかむ力があると感じますね。

 

――キャッチコピーが変わった『違国日記』の4巻では、セックスはするけど恋人ではなく、恋愛のない人生もありだというストーリーになっています。

 

梶川:主人公の槙生は、以前つき合っていた男性に対し、「この人すごくいいな」とあらためて思いつつも恋人という関係には戻らないことを選んでいます。「恋人ではないけれど、友情よりも濃い関係を結ぼう」と二人で話し合い、「それってセフレ?」と揺れながらも、濃い友情と恋愛のあいだの関係を築く。型にとらわれず、こういう繋がりがあってもいいと思わせてくれる話ですね。

 


『違国日記』©︎ヤマシタトモコ/祥伝社フィールコミックス

 

多様化する性のあり方。「する」も「しない」も自分に正直な時代へ

――そういう意味では、恋や性の描き方も変わりつつあるように感じます。

 

梶川:最近では「自分は恋愛をしない」と考えるキャラクターを描くことも「アリ」になりました。『違国日記』の6巻でも、主人公・槙生の同級生が「ワタシ レンアイしませーん。最近決定した」と話すシーンがあります。ここに「恋が訪れないことは罪じゃない」という作者の明快なメッセージが込められていると感じます。

 

神成:その一方で、2020年8月号からは、ばったんさんによる恋と性のシリーズ連載が始まりました。1話目の『終電なくなっちゃった』は、セックスの経験がまだなくて、とにかくしてみたいという女性が主人公です。主人公がいざ体験してみると、友達が言っていたような夢みたいなことは訪れなかった。処女であることを恥じる必要なんかないし、素晴らしい彼氏を得ることをすっ飛ばしてセックスをしてみたいという好奇心があってもいい。女性の性欲をすべて肯定することが読者の救いになるかと思います。

 

「終電なくなっちゃった」©️ばったん/祥伝社

 

――性描写の点で言うと、梶川さんがご担当されている松田環さんの『こちらから入れましょうか?…アレを』は、一風変わった夫婦のセックスのかたちを描いていますよね。

 

梶川:夫は妻の過去の過激な性経験を知って、引け目を感じて勃たなくなってしまったけれど、本人には言えない。一方の妻は夫を傷つけたくはないけれどシたい。そんな悩ましい状況を打開するために、妻はペニバンでのセックスを提案し、夫はそれにはまってしまうんです。その根底に「男がリードしなきゃいけないのに」というプレッシャーがあるように感じるのですが、妻はそんなこと思いもしないし「夫のことが大好き!だからどんな形でもセックスはしたい」という気持ちがあふれている。めちゃくちゃですけどかわいい妻なんです(笑)

 

――妻にとって、セックスはコミュニケーションとして大事なんでしょうね。だからそのかたちは問わなかったと。

 

梶川:対話のためのセックスであって、どちらかが主導権を握っている行為ではないんですよね。そう考えると、セックスのあり方も、ここ10年でかなり変化したように感じます。

 

『こちらから入れましょうか?…アレを』©︎松田環/祥伝社フィールコミックス

 

他者との対話をとおして自分を知る。『FEEL YOUNG』が考える、生きやすくなるためのコツ

――では最後に、お二人が考える女性が生きやすくなるために必要なものは何だと思いますか?

 

梶川:自分の考えや特徴、性格を、他者との対話のなかで言語化して、自分自身を理解することだと思います。例えば、女性として自己評価が低いことが問題だとしたときに、過度なジャッジ目線ではなく客観的な目線で自分のことを理解していれば、「私は悪い存在だ」というような極端な思考にはならないと思うんです。

 

神成:すごくわかります。私は自己評価も自己肯定感も低かったけれど、それは他人と比べることで生まれたものだという気がしていて。上を見ようと思えばいくらでも見られてしまうので、極端ですが、テレビを見れば若手女優と自分の顔を比べたりできますよね。その都度傷ついて生きていたら身が持たない。そうならないためのひとつの解決策は、梶川が言ったとおり、自分を知ることだと思います。隣にいる人やSNSで見る人を羨むのではなく、自分の望むことをして自分の望むように生きる。

 

――そうですよね。でも、それがなかなか難しいとも感じています。

 

神成:本当ですよね。私も最近、やっとできるようになってきたかなという感じです。というのも、出産があまりに辛すぎて、人っていつか絶対に死ぬんだなと実感して……(笑)。限りある人生のなかで自己否定をしてる時間はもったいなさすぎると身に染みたので、自分より若い人たちには「他人と比べないで自分の好きなように生きていいんだよ」って言ってあげたいですね。

 

そのためには、社会が変わっていくことも絶対に必要。誰もが生きやすくなるためには、自分も他人も尊重されるべきなので。漫画をとおして社会を変える一助を担っていけるように、これからも漫画家さんと良い作品づくりをしていけたらと思います。

 

『FEEL YOUNG』2020年9月号

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