「堂々とこっそりやってくださいね」テレ東・祖父江里奈Pがエロを表現する理由
「カジュアルなエロコンテンツをつくりたい」と語るのは、テレビ東京のドラマプロデューサー・祖父江里奈さん。これまでも、映画『ビッチ』(2013年)やドラマ『来世ではちゃんとします』(2020年)など、女性の性をテーマにした作品を世に送り出してきました。
性的な表現の規制が厳しくなるなかでも、祖父江さんが「エロコンテンツ」を発信し続ける理由とは? まだまだタブー視されがちな「性の発信」や、テレビマンとして作品に込めた女性たちへの思いに迫りました。
祖父江里奈
1984年生まれ。2008年テレビ東京入社。バラエティー番組の『おしゃべりオジサンと怒れる女』や『モヤモヤさまぁ~ず2』などを担当したのち、ドラマ室へ。『きのう何食べた?』『来世ではちゃんとします』などに携わる。2013年には『ビッチ』で映画監督デビューも果たした。
twitter:@RSobby
Index
「女性の性を描きたい」。卒業公演で自覚した本当にやりたいこと
——祖父江さんは、2013年のブランド開始当初からirohaを知っていらっしゃったとか。
祖父江:irohaとの出会いは、私が監督を務めた2013年の『ビッチ』という椿鬼奴さん主演の映画でした。『ビッチの触り方』(著・湯山玲子)が原案のドキュメンタリー作品で、そのときのテーマは「日本の現代女性の性事情を見に行こう」。リサーチのために、あらゆる女性向けの性コンテンツを調べていた際に、初代irohaの「YUKIDARUMA」を見つけました。
リモートで取材を受けてくださった祖父江里奈さん。手に持っている書籍は『ビッチの触り方』
——10年以上のキャリアのなかで、これまで「女性の性」を取り上げ、作品やSNSで発信されてきました。このテーマに惹かれるようになったのは、いつ頃からでしたか?
祖父江:昔から、「女性の性」を描きたいという気持ちは強かったですね。大学生の頃に演劇をしていたのですが、卒業公演は『私のおへや』という作品でした。メンバーと「最後なんだから、本当に私たちがやりたいことをやろうね」と言って、3人の女の子が主役のエッチな話をつくったのですが、1人は不倫している子、1人はヤリマンの子、もう1人が真面目だけど最近彼氏じゃない人とうっかりやっちゃった子。ストーリーの最後は、彼氏じゃない人とやっちゃった子が、布団を被ってピンクローターでオナニーするシーンで終わるんですよ(笑)。
決して評価されるような作品ではなかったです。でも、そのときめちゃめちゃ楽しくて。「私が表現したいことって、女性の性に関することだったんだな」と。自分の核となる部分は、そのときにはっきり自覚しました。公演には内定していたテレ東の同期も見に来てくれて、「エロといえば祖父江」という社内でのキャラが確立してしまった瞬間でもありました。
タブーなのは、「性欲があること」ではなく「表に出すこと」
——祖父江さんの作品は、エロだけではなく、そこにまつわるユーモアも描いている印象です。
祖父江:特に女性に向けて発信するときは、何かで包まないと受け入れてもらえないんです。たとえば女性がAVなどの露骨なエロコンテンツにリーチすることは、まだまだハードルが高い。「これをクリックしたら、一生履歴が残るんじゃないか」とか、自分の性欲がさらされてしまうことへの不安が大きいのだと思います。だから、私はエンタメ業界の一員として、ユーモアでエロを包んだ作品をつくっているんです。
——エロコンテンツに対する不安を含め、女性の性欲に対する「タブー視」をどうとらえていますか?
祖父江:ここ7、8年はもう、タブーと言えるほどの状況ではなくなっていると思います。女性向けのAVや風俗、アダルトグッズもたくさん出ている。女性に性欲があること自体は明確になっています。ただ、それを「表に出す」ことがタブー視されていると思っていて。
なぜかと考えてみたら、それは多くの女性自身に「いつか誰かの本命になりたい」という願望があるからじゃないかと、思い至りました。男性側も、性欲が旺盛な女性と結婚したいと考える人はまだ少ないですよね。だから女性たちは、自分にエロキャラが定着してはいかんのです。そのために皆さん、自分の性欲を隠して猫をかぶっているのでは? と思います。
——10年以上、テレビ業界に身を置くなかで、エロの扱われ方に変化は感じますか?
祖父江:先輩に「テレ東で最後にバストトップが出たのはいつでしたかね?」と聞いたら、2010年のドラマ『嬢王3〜Special Edition〜』が多分最後だと言われました。私自身はSNSでオープンに発信していますが、テレビ業界は10年前に比べてどんどん厳しくなっていますね。エロを扱いやすい環境ではありません。
——たしかに10年以上前までは寛容だった気がします。女性向けのコンテンツには、変化がありましたか?
祖父江:女性の性はそもそも扱われていなかったので、比較が難しいですね。2009年から放映された『極嬢ヂカラ』というバラエティ番組があったのですが、これが女性コンテンツの黎明期というか。放送の1発目がブラジリアンワックスで、そのあとセックスや生理も取り扱っていました。当時は画期的な番組でしたね。
「放送できるエロ」はハードルが高い。下品に見えない表現を
——規制が厳しくなるなかで、『来世ではちゃんとします』(著・いつまちゃん / 2020年放送)のドラマ化はハードルが高かったのでは?
祖父江:そうですね。先輩方が過去にさまざまなエロコンテンツを企画しては痛い目にあったことを見聞きしていたので、大変さは知っていました。その体験を教訓に、問題点を一個一個クリアしていきながらつくりましたね。
祖父江:たとえば、あるシーンではTENGAをお借りして、いろんなアダルトグッズと一緒に林くんというキャラクターの部屋に置きましたが、そもそも「アダルトグッズ」をテレビに映してはいけないとされているんです。ほかの番組だったら、一発NG。だから、局の番組の審査を担当する部署に、「この番組は、エロを面白おかしく扱うのではなく、女性の性と切ない恋心を描いている作品であり、また同様に現代の多様な性のあり方を描くという志があるドラマなんです!」と、熱い思いを語りながら、相談や交渉を重ねました。最終的に「下品でグロテスクではない見せ方を考えるのならば」という条件で、アダルトグッズを映すことを認めてもらえました。
——その注文をクリアするために気をつけたことは?
祖父江:撮影現場でプロデューサーとしてずっと見張っていました(笑)。グッズを手に持ってしげしげと見つめるシーンでも、変な動かし方をすると急にエロチックに見えてしまう。そうではなく、「シンプルにグッズに対して興味がある」と見えるように撮るとか。
キービジュアルはコミックスの表紙を再現しました。主演の内田理央さんが電気マッサージ機を肩に当てているというものです。ファッション誌などでも活躍されているカメラマンさんにお願いして、きれいなビジュアルに仕上げました。
いつまちゃん著『来世ではちゃんとします』©️いつまちゃん / 集英社
——露骨な表現を避けたり、ビジュアルを上品にしたりすることを意識されたのですね。
祖父江:はい。結果的に「女性の部屋がゴミ屋敷なことに興奮するイケメン」とか、「SM好きのセフレの前で縛られてオムライスを食べる」とか、かなり癖が強めな描写があったのですが、上司からは「意外にエロくないね」と安心してもらえて。表現方法や、胸やお尻の露出に気をつければ、思っていた以上にできることの幅が広いと感じました。社内でこういう企画をとおしていくのは大変だと思うけれど、作戦を考えながらやるしかない。
多様性を認めることは、「誰も何も否定しないこと」でもある
——ライトに楽しめる作品ですが、そこまで大変な思いをされていたとは。作品を見ていると、いままで別々の世界で描かれがちだったキャラクターが自然に共存していることに面白さを感じました。
祖父江:『来世ちゃん』では「多様な性を肯定する」ことを目指していましたが、それは「違う性の価値観を絶対に否定しない」ということでもあると思うんです。ここ10年ぐらい、「女性だって性欲を表に出してもいいじゃない」という方向で世の中が少しずつ動いてきて、いまは「セックスをしなくたっていいじゃない」という方向も認められるようになってきた。だから、何も誰も否定しちゃいけないと思うんです。やりたい人も、やりたくない人も、いろんな性別の人とやりたい人も、おもちゃだけを相手にしたい人も。他人を傷つけるようなことだけはやめてほしいですけど。
——視聴者からはどんな反応がありましたか?
祖父江:会社の人や友達から「おもしろいね!」と反応してもらえたのが嬉しかったですね。そうやって言ってくれること自体が驚きで。だってエッチな作品じゃないですか。「AVとか見てる?」と聞かれたら、見ていたとしても「見てないよ」って言う人が多いなかで、「『来世ちゃん』、超おもしろいね」って言ってもらえた。つまり、このドラマを見ていることは恥ずかしいことではないと思われているんですよ。そんな作品をつくれたことが嬉しいし、社会が少し進歩した証拠だなと。
「カジュアルなエロコンテンツ」で否定をなくしていきたい
——今後はどのようなコンテンツをつくっていきたいですか?
祖父江:わかりやすく言うと、「テレビでも放送できるエロ」。知的好奇心をくすぐるような「歴史検証番組のふりをしたエロ」とか、「エンタメとして消費するエロ」とか、あとはドキュメンタリーをまたやりたいですね。性的に消費される、いわゆる「オカズ」となるようなエロをつくるのは、AV業界の監督やプロデューサーなどそういうプロの方々がいる。テレビマンである私は、気軽に楽しめるカジュアルなエロコンテンツをつくるのが目標です。
ちなみにいまは、10月7日からドラマパラビ枠でスタートする『だから私はメイクする』を準備中。これはエロい作品ではないですが、人それぞれの「メイクをする理由」をきっかけに、社会や自意識と闘う女性たちの悲喜こもごもを描いています。
——もうすでに次回作が決まっているのですね。いろんなアプローチがあるなかで、コンテンツを見た人にどのような影響を与えたいと思いますか?
祖父江:他人や自分を否定する人が1人でも減ればいいなと思っています。あと、性やエロで悩んでいる人に対して、「大丈夫だよ、あなたは間違っていないし、そのままでいいんだよ」と伝えられるようなものにしたい。私にとって一番嬉しいことは、見た人に「私と同じだ」「救われた」と思ってもらえること。自分と似たような悩みを持ったキャラクターが物語に登場すると、私だけじゃなかったと思えてすごく感動するし元気が出ますよね。
——祖父江さん自身が最近感動した作品はありますか?
祖父江:ペヤンヌマキさんの舞台『エーデルワイス』ですね。鈴木砂羽さん主演で、仕事のピークも女としての盛りもすぎた女性の恋愛と悲哀を描いた作品なのですが、女としての価値がなくなっていく自分と向き合う姿に共感を覚えました。これを観て、ペヤンヌマキさんに『来世ちゃん』を書いてもらおうと決めました。
ペヤンヌマキさんが主催する劇団「ブス会*」の第7回公演『エーデルワイス』パンフレット(iroha編集部私物)
祖父江:最近の漫画だと『普通の人でいいのに!』というSNSでバズった作品。共感と救いとしんどさというのは共存するもので、過去の自分とこれからの自分を見据えるときに、こういう「ままならない作品」に触れるのも一つの救いになると思います。
あとは、irohaが大阪の大丸梅田店に常設店をつくったと知ったときもすごく感動しました。ついに常設店が! しかもデパートに! って。
冬野梅子著『普通の人でいいのに!』
「勇気を出して、堂々とこっそりやってくださいね。発信は私が頑張るから」
——女性が世間の声や空気に流されず、性をおおらかに楽しむために必要なものは何だと思いますか?
祖父江:難しいですよね。安易に「(性に対して)割り切れ」とは言えないです。たぶん、一人で生きていく強さが必要なんですよ。誰かの本命に選ばれたいと思っている限り保守的になってしまう。「本当は性を楽しみたい」と思っている人の最大のジレンマは、そこにあるのではないでしょうか。
だから女性のみなさんには、「勇気を出して、堂々とこっそりやってくださいね」と言いたい。世の中への発信は私が頑張るから、その代わりあなたたちは、自分の興味や欲に手を伸ばすことをためらわないでほしい。
祖父江:私は草の根活動的に、SNSで性について発信しています。微力であっても、性について語ることや、性的なコンテンツに触れることをカジュアル化させていきたいです。生理についても「生理痛辛い」って毎月必ずツイートするようにしています。生理をオープンに語ることへのハードルを少しでも下げて行きたいという思いですね。チリも積もればといいますが、10円玉募金から世の中を変えていきたいというような気持ちです。
女性に対する社会の動きは都度変わっていきますが、それでも性に悩む女性はいつも存在していて、これから先も同じように悩んでいくと思うんです。そういった人たちに、「怖くないよ、まずは手に取ってみて」と伝えていきたいですね。