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たくさんの居場所が自分を救う。漫画家・おかざき真里の「生き抜くための知恵」

 

女性のライフステージが変化しても「働くこと」があたり前になった現代。その分、仕事や、日々の暮らしにおいてストレスも感じやすくなっています。そんな社会のなかで、自分が「心地よく」過ごすには、どうすればいいのでしょうか?

 

今回ご登場いただくのは、漫画家のおかざき真里さん。女性をテーマにした作品『サプリ』『& -アンド-』『かしましめし』では、ときには外からの圧力や自分自身に追い詰められるけれど、やがては「心地よい場所」を手に入れるキャラクターを描いています。そんな愛おしさあふれる作品と、おかざきさんの人生を踏まえ、「自分に嘘をつかなくてもいい場所をつくる」ことの大切さについてお話しいただきました。

 

おかざき真里
1967年、長野県生まれ。高校生の頃から漫画作品を発表し、2000年に広告代理店を退社。その後、子育てと並行しながら広告代理店を舞台にした『サプリ』(祥伝社)を発表。以降も『& -アンド-』、最新作の『かしましめし』(祥伝社)など、女性の生き様をテーマとした作品を手がけている。そのほか、最澄と空海について描いた『阿・吽』(小学館)など。

Twitter:@cafemari

 

おかざき作品が、働く女性たちから共感を得られる理由は?

——これまで『サプリ』や『& -アンド-』など、「働く女性」を描いてきたおかざきさんですが、現在『フィールヤング』にて連載中の『かしましめし』では、「働く」も描きつつ、「自分の居場所探し」に重点を置いているように感じました。どのような心境の変化があったのでしょうか?

 

おかざき:2004年から2010年まで描いていた『サプリ』は、仰るとおり思いっきり仕事に軸足を置いたお話でした。その後、就職氷河期に入り、正社員ではない立場の人がすごく増え、世間では副業も話題になりました。そこで、ダブルワークをする女性を主人公にした『& -アンド-』を描いたんです。

 

でも、いまの世の中を見てみると、一人の人がいろんな立場を持っているのが普通になっていますよね。仕事だけして生きているのではなく、誰かのお母さんだったり、娘だったり、パートナーだったり、上司だったり、仕事仲間だったり……。みんないくつもの立場を持っていて、それぞれに居場所がある。そこで、「仕事以外に、もうひとつ居場所をつくるような話にしようかな」と思って『かしましめし』が生まれました。

 

『かしましめし』より。仕事や恋愛など、それぞれの背景を持つ主人公3人が同じ部屋に集って食事をするシーン
『かしましめし』©︎おかざき真里/祥伝社フィールコミックス

 

——おかざきさんの描く作品の登場人物は、独身女性が多いように思うのですが、何か意図はあるのでしょうか?

 

おかざき:いまは、結婚していない人に対して、まわりが「そんなにプレッシャーに感じなくてもいいんだよ」と言ってくれる状況になりつつあります。しかし一方で、真面目な人や親思いな人ほど「結婚しなきゃ」とプレッシャーに感じてしまうのではないかとも思っています。だからこそ漫画では、自分を肯定し、自分の人生を謳歌する独身女性を描きたいなと。

 

『サプリ』より。主人公が飼っている熱帯魚に惚れ惚れするシーン
『サプリ』©︎おかざき真里/祥伝社フィールコミックス

 

——時代ごとに変化する社会の空気感をつかみ、作品に反映するのがとても上手ですよね。

 

おかざき:でもあまり、時代の潮流を反映しているという意識はないんです。どちらかというと、自分がいま実感を持って描けるものは何か、という視点を大事にしていますね。『かしましめし』は、いま私自身が子育て真っ只中なので、外よりは家のなかのことのほうがリアルに描けると判断しました。

 

——これまで描いた作品で、読者に感じ取ってほしい共通のメッセージはあるのでしょうか?

 

おかざき:じつは、「読者にこう感じてもらいたい」と考えて描いたことはまったくないんです。実際、『&-アンド-』のときも、私は「食べていくための仕事と、好きな仕事の美味しいとこどり」的な意識で描きましたが、「仕事のかけ持ちはできない。大変そう」といった声をいただいたこともあります。

 

そのときどきで自分のなかにある感情や思いを込めて描いていますが、それを汲み取ってほしいとは思っていなくて。それでも、読者の方の読解力がすごくて、キャラクターのセリフや、お話の展開から自由に思いを馳せて、「こう感じました」とフィードバックをくださる。深く考えてくれていて、いつも驚かされていますし、作品を描くうえで大変励みになります。読者が咲かせた花を摘み取って、次に活かしている感じ。特にいまはSNSがあるので、読者からの声が届きやすくて。すばらしいサイクルのなかにいると思います。

 

『&-アンド-』より。主人公が自分の今後を憂うシーン
『&-アンド-』©︎おかざき真里/祥伝社フィールコミックス

 

——作者側の想いを押しつけることはないんですね。

おかざき:読者の方が置かれている状況によって、読み取る感情はまったく違ってくるはずです。だから、受け取り方は自由でいいと思ってます。私がするべきことは、「自分に嘘をつかず、さまざまなシチュエーションの漫画を描く」こと。読者の方々にお願いしたいのはただ一つ、「どうか漫画を好きでい続けてほしい」ということだけです。

 

女性が100人に1人しかいない会社で、「自分だけのキャラ」を確立した

——おかざきさんは、高校生の頃から漫画を描いていたそうですが、最初から漫画家を目指さず、一度美術大学に進学し広告代理店に務め、バリバリ仕事をこなしていたそうですね。

 

おかざき:はい。小学生の頃から「家を出ろ」と親から言われていて、「自分で食べていかなきゃいけない」という切実な思いをずっと抱いていたんです。当時、私より少し上の世代の女性たちは、「4年制の大学に行ったら、結婚できない」と言われていたので、短大を選ぶ人が多かった。でも私は、手に職をつけるため、美大への進学を決めました。専攻を決める際も「きちんとお給料がもらえるジャンルで学ばないと」と思い、本当は行きたかった日本画を諦め、デザイン学科の進学を決めました。

 

大学に入学して数年後、就職活動を始めましたが、当時は男女雇用機会均等法が制定されてまもない頃。なかには女性が試験を受けることができない会社もありました。結局私は、最終的に博報堂に入社できたのですが、女性は100人に1人くらいしかいませんでしたね。それだけ、女性が総合職で就職するのが珍しい時代だったんです。

 

——そう考えると、当時は男性と同じように働くことも難しかったのでしょうか。

 

おかざき:そうですね。女性の先輩は誰もいない状況で、手探り状態でした。何か武器を持とうと思って、会社員時代はずっと「ミニスカ野郎」で通していました。まわりが女性と働くことに慣れていないことを逆手に取り、あるときは攻め、あるときはスッと引く、みたいな。自分の女性性を、仕事を進めるためのツールのひとつだととらえていました。

 

——当時の状況だからこその戦い方ですね。一方で、女性ならではの困難を感じたことはありましたか?

 

おかざき:私は嫌われることを厭わず主張するほうだったので、仕事において女性ならではのしんどさを感じたことは少なかったです。そのかわり「怒られない」ことが嫌でした。これは結果的に、会社を辞めた理由の一つになりました。上司は異性の部下に対して、どう接したらいいかわからなくて、怒りづらかったようで。もちろん、怒られないに越したことはないですが、ある程度フェアに怒ってもらえないと、自分自身が成長できないですから。

 

——おかざきさんが会社員として働いていた頃と現在では、女性の働きやすさは大きく変わっていますよね。

 

おかざき:打ち合わせなどでいろんな会社に出向くと、女性社員の数が圧倒的に増えたと感じます。とくにITやベンチャー系の企業は、女性のほうが多いくらい。女性の意見もとおりやすくなっているでしょうし、産休や生理休暇の取得など、福利厚生面も大きく変化しています。私の頃と比べて、圧倒的に働きやすくなっているのではないでしょうか。

 

一方で、性差の意識は、社会にいまだ根づよく残っているようにも感じます。私の知り合いで、とてもフラットな思想を持った人がいるのですが、あるとき子育てについて話をしていたら「(女子より)男子のほうの教育に力を入れたほうがいいよね」と。決して悪気があったわけじゃないと思うんです。おそらく、その人のご両親や、周囲の方にそういわれて育ってきたから、そういった考え方が根づいているのかもしれません。私にも子どもがいるので、彼らのこれからを考えたときに、ジェンダーによる壁にぶつかることはまだまだあるんだろうな、と案じています。

 

「死なないために」自分の逃げ道をたくさんつくっておく

——子育てをしつつ、執筆も精力的にこなしているおかざきさんですが、どんなときに「心地よい」と感じますか?

 

おかざき:会社員時代からですが、漫画を描くこと。私は会社にいたとき、表現することで評価されるだけでなく、お金までもらえるので(笑)、働くこと自体は好きでした。でも広告業は、すべて自分の思ったとおりにできるわけではない。それが結構ストレスで、漫画はストレス解消のための逃げ道として描き続けていたんです。自分の世界を、とことん納得いくまで突き詰めて、漫画というかたちで世に出す。それが一番の心地いい瞬間ですね。

 

——子育て中も、漫画に対する向き合い方は変わらず?

 

おかざき:そうですね。いまは子どもが大きくなったのでそこまで手がかかりませんが、赤ちゃんのときは大変でした。それこそ、会社で働く以上に。夜中は2時間ごとに起こされたりして、つねに寝不足でしたね。「自分を殺す修行」をしている感じでした。そのときは、尚更漫画が逃げ道になっていました。「子どもが寝てくれた。これで自分の世界に入れる〜!」って(笑)。子育てが一番忙しかった頃、自分の居場所をつくるために描いた作品が『サプリ』でしたね。

 

——仕事や子育てなど、何かしらの軸がありつつ、漫画という手段でストレスを発散しているのですね。

 

おかざき:ただ、いまは子育てが落ち着いてきたから、漫画を描くのが遅くなってしまったんですよ。それまでは月に何十枚と描いていて、寝ることよりも漫画を描くことのほうが癒しだったけれど、最近は寝るほうが楽しい。ようやく人間らしい生活になってきたとも言えますけどね。でも寝てばっかりだと、「このままじゃお金が稼げなくなる!」という焦りもあるから、以前のようなペースで漫画を描くために、逃げ道をつくるという意味で、別のストレスを感じられるものや場所を探さないとな、と思ってます。

 

——おかざきさんのように、多くの女性が自身にとって心地よいと思える居場所を得るためには、どのようなことが必要だと思いますか?

 

おかざき:居場所を何箇所もつくること、でしょうか。パートナー、友達、趣味、仕事など、「自分に嘘をつかなくてもいい場所」をたくさんつくる。もし、「ああもうダメだ、ここでは癒されなくなった」と思ったら別の居場所へ行く。自分で選んで、そのときどきで心地いい居場所に軸を移していけることが大切だと思います。

 

私が40代を迎えたころ、同世代の女性作家さんが次々と筆を折り出したんです。最悪死んでしまう人も出てきていて。そのような状況を目の当たりにすると、ますます、「死なないためにどうしたらいいかな」と考えるようになりました。種田山頭火が詠んだ「まっすぐな道でさみしい」という句ではないですが、その道でいい仕事をする人ほど、ほかに逃げ道がなかったりするんですよね。やがて過去の自分が圧倒的なライバルとして立ちふさがり、一人で抱え込んでメンタル的に行き詰まってしまう。

 

そういった大変さを抱えている人は、女性だけじゃなく男性も、多いと思います。だからこそ、自分に優しくしてあげて、決して追い込まないようにどうすればいいか、模索してほしいと思います。

 

『かしましめし』より。会社を辞めたことに負い目を感じ、思わず泣き出してしまう主人公を友人が慰める
『かしましめし』©︎おかざき真里/祥伝社フィールコミックス

 

——自分を追い詰めすぎないということですね。

 

おかざき:はい。自分で自分にプレッシャーを与えないほうがいいです。プレッシャーは他人から与えられるものだけで十分。真面目な人ほど、自分を傷つけてしまうので、そうなる前に私は、楽しいことに目を向けてやり過ごします。

 

ただ、少しのストレスはあってもいいと思っています。私にとっての漫画制作みたいに、少々の嫌なことや不安なことを抱えていたほうが、「推し」が輝く(笑)。好きなもの、大切なものの尊さがわかるというか。だから、繰り返しにはなりますが、忙しかったり、辛かったりするときほど、ハマれる何かを探せるチャンスです。そのとき見つかったものや人、場所は、一生の宝物になるし、あなたにとって命の恩人になってくれるはず。そして、「このストレスは、『推し』を輝かせるためのもの」だと思うことができたら、人生楽しくなるんじゃないかと思います。

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